奈良でサロンを開いて、しばらく経ったころのことです。
ヘナについて調べれば調べるほど、「これは行かないと分からない」という気持ちが強くなっていきました。産地はインド北西部のラジャスタン州——そこまでは分かる。でも、どの工場が何を作っているのか、何を混ぜているのか、誰も教えてくれませんでした。
美容師がひとりでインドに行く。我ながら無謀だとは思いました。でも、お客様の頭皮に乗せるものの中身を、自分が知らないままでいることの方が、ずっと不安でした。
出発前からのメールのやり取り
渡航前に、いくつかの工場にメールを送りました。製造工程を教えてほしい、添加物の有無を確認したい——そういう内容です。ほとんどは返事が来ないか、来ても要領を得ない内容でした。
そんな中で、一社だけ違う会社がありました。質問のひとつひとつに、具体的に答えてくれる会社でした。どの畑から仕入れているか、乾燥と粉砕の工程はどう管理しているか。返ってくる文章に、誠実さのようなものを感じました。その会社を、訪問先のリストの一番上に置きました。
初めてインドに降り立ったとき
飛行機を降りると、熱気と砂埃が一度に来ました。
最初の目的地はラジャスタン州のソジャット。ヘナの主要産地として知られる町です。4WDで荒れた道を長距離走って——窓の外の風景が少しずつ乾いていくのを見ながら、現地に着きました。
工場をいくつか回りました。衛生管理が気になる場所が多く、製品の偽装が当然のように行われている現場もありました。「天然ヘナ」として日本に輸出されているものの中身を、誰も確かめていない。その感覚が、少しずつ輪郭を持ち始めました。
デリー近郊へ
ソジャットを離れ、デリー近郊に移動しました。こちらには近代的な設備を持つ工場が並んでいます。
ただ、設備と中身は別の話でした。ある工場の倉庫に通された瞬間、足が止まりました。積まれた段ボールには「For wig」——頭皮への使用を前提としない製品が、化粧品として輸出されていました。「オーガニック最高ランク」という触れ込みで日本に流通している製品の、製造現場でした。
その社長は、品質の話をほとんどしませんでした。数量と納期、それだけでした。
何社か回るうちに、「設備が整っている」ことと「良いものを作ろうとしている」ことは、まったく別のことだと分かってきました。
「ここだ」と思った瞬間
ニューデリー近郊の別のエリアに、出発前からメールでやり取りをしていた工場がありました。
敷地に入ってすぐ気づいたのは、においでした。他の工場と違う、植物そのものの青っぽい香りがありました。原料の保管場所を案内してもらうと、区画ごとに産地と収穫時期が記録されていました。作業している人たちが、手を止めて説明してくれました。誇りを持って働いている、というのとも少し違う。ただ、自分たちがやっていることを正確に知っている、という感じでした。
工場長に会ったのはその日の夕方でした。
開口一番、彼は「日本人に認められる製品は、世界に通用する」と言いました。その言葉に、うそがなかった。私には美容師として現場で使い続けてきた感覚がある。彼には素材への知識と、製造への執着がある。この組み合わせで作れるものがある、と感じました。

試作と往復
帰国後も、やり取りは続きました。試作品が届くたびに、サロンで使いながらフィードバックを送りました。仕上がりの質感、溶けやすさ、においの残り方——美容師の現場でしか気づかないことを、細かく伝え続けました。
彼はそのたびに、調整して送り返してくれました。「こうした理由はこうだ」という説明が必ず添えてありました。返ってくる言葉から、私が送ったフィードバックをきちんと理解した上で手を動かしていることが伝わってきました。
製品として形になるまでに、何度往復したか覚えていません。化粧品としての認可を取得し、品質管理の基準を整えて、ようやく販売できる状態になるまで、数年かかりました。

今も、行き続けている理由
それからずいぶん時間が経った今は、家族ぐるみの付き合いになっています。一緒にインド中を旅して、新しい素材を探しに行くこともあります。
産地に行くたびに、知らなかったことが増えます。同じ植物でも、畑によって、季節によって、状態が違う。机の上では分からないことが、現場にはあります。だから、行き続けています。
── このブランドの、別の話 ──
ヘナを選ぶことになった経緯 → ヘナを選んだ理由
サロンで使いながら、研究してきた話 → サロンで使い続けるということ